つたないフラ語で頑張る私。
「今どちらにいるですか?!」と私は聞くと、
「マルセイユです」とフレンチウーマンは答えた。
早口のネイティブスピーカーの喋りには耳がどうも追いつかないから、
困ったらこちらが会話の主導権を握るしかない。
会話の中に「間」があると、それを埋めたくなるのが欧米の人たちの習性なのだ。
そしてフランスの人たちは、この傾向が格段に強い。
これがいい悪いかは文化的なものなのでさておき、今はあと数分でタクシーに乗れるように身支度を完了しなくてはならない。
これまでの会話を総括しようと私は間を置かずに、
「今、あなたはマルセイユにいて、誰かの紛失した荷物と携帯電話をお持ちなんですね?」と聞くと、
「そうです」と彼女は答えてくれた。
電話の向こうの声から、親切そうな女性であることは伝わってきたが、今はどうも埒が明かない。
ちょうどいいタイミングを見計らって、彼に電話を代わってもらった。
女性はまだ、話続けている。
「場所は分かったから今はとにかく、空港に行かなきゃ!」
私は目で彼に伝えた。
丁寧な雰囲気を出しつつも、フランス語が解せない素振りを全面に出して、キリの良さそうなところ(?)で彼は電話を切ってしまった。
「タクシーはいまどこにいるかな」と気になって、FREE NOW(旧:mytaxi)のアプリで地図を確認すると、すでに運転手さんは玄関先にいるのが分かった。
スーツケースはまだ2階に置きっぱなしだ。
「やば」
運転手さんを待たせてその場を去られてしまっては、空港までの交通手段がない。
コロナでタクシーの台数も減ってしまっているだろう。
昨晩予約して、時間通りに来てくれた運転手さんに挨拶だけでもと、私は手ぶらで玄関を飛び出した。
「おはようございます。今、スーツケースすぐに持ってきますので」
すでにメーターはばっちり稼働しているため、無賃で待たせてしまっているという心配はない。
とはいえ、待っててもらうのは申し訳ない…。
「すみませんね、最終日でバタバタしてまして…」と私が言うと、
「いやいや、大丈夫ですよ」と運転手さんはサラッとフォローしてくれた。
簡単に挨拶した後、彼の様子を見に行こうと道路から玄関に向かって歩き始めたところで、彼が激重のスーツケースを上の階から「ドシン」と下ろしたのが見えた。
私の2倍くらい頑丈そうな彼でも、さすがにスーツケースを運ぶのは辛そうだ。
彼にも申し訳なく思いつつドアでバトンタッチして、私はタクシーに向かって平坦な道の上でゴロゴロと、スーツケースを引く。
彼はまた2階に上がっていった。
まだ3つ、彼はスーツケースを下ろさなくてはならない。
お手軽なホリデーではなく、これから国境を越えて、居住地を変えるのだから。
ダブリンの友達を訪ねる以外に、この家にはもう戻ってはこないだろう。
「うう、重いのにごめんね」と心の中で呟きながら私は、スーツケースをゴロゴロ続ける。
私のサイズ感に対して(150センチちょい)どでかいスーツケースを見るやいなや、運転手さんは車からサッと出て、私がフラフラと転がしていたスーツケースをガシッと掴み、流れるようにトランクへと送り込んだ。
力仕事であるはずの一連の動作は「華麗」とも表現できそうなほど、洗練されていた。
ダブリンの運転手さんは、ほとんどが男性だ。
思えば、同じようなことは過去に何度かあって、その度に「アイルランドの運転手さんは気が利くなぁ」と感心・感動していたのだが、もしかしたら「レディーファースト」の精神が息づいているのかもしれない。
あくまで、ナチュラルに。
一人感銘を受けていると、私の相方は「う゛~っ」と唸りながらも2個目のスーツケースを下ろし終わったところだった。
「あぁ、有難いな」と、さっきの申し訳なさが、感謝の気持ちに変わった。
私は心の中でそっと、シャッターを切った。
続く。
シリーズ「オランダ移住劇 2020」次回の第4話は、こちらからどうぞ:
Ep. 4 オランダ移住当日。アイルランド生活最後の日 その4
シリーズ初回と第2話は、こちら:
Ep. 1 オランダ移住当日。アイルランド生活最後の日 その1
Ep. 2 オランダ移住当日。アイルランド生活最後の日 その2
私がアイルランドに渡航した経緯についてはこちらをご覧ください:
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